民話 しょうがを作らない家
いつのことかわかりません。
一説には平家の落ち武者が源平の戦いに敗れ、諸国をさまよったあげく、
この神田の里にたどりついたといいます。
長く逃げかくれ、疲れ果てたこの落ち武者は着たものもの敗れ、ボロを身にまとい、
目はくぼみ、髪はぼうぼうにのび、あかに汚れていました。
飢えと疲れに苦しんでいる落人でしたが、もとは一軍の将だったかもしれません。
見る影もなくやつれ果てた姿で、ようやく、ここまでたどりついたのでしょう、
畑の中にしゃがみこんだまま動こうともせず、はく息も細々としていました。
世は源氏の時代です。敗れた平氏は追われる身です。落人の後を追うように、
鎧兜に身を固めた数人の源氏の武者がやってきました。
ちょうど畑にいた里人をとらえ、落人がやってきたかどうかと尋ねました。
うそをいえばきり殺されます。問いつめられるままに、震えながら、
里人とは落人のことを細々と話しました。哀れ、疲れ果てた落人は、源氏の武者たちに発見され、
戦うこともなく、その場できり殺されしまいました。骸(死体)のそばに座りこんだ里人は、
恐ろしさと後悔のため口もきけず、手を合わせて祈ることさえ忘れていました。
かけつけてきた人たちに、励まされた里人は、それからというもの、
行く日も高い熱と後悔の念に苦しみ、床から起きあがることもできませんでした。
哀れに思った里の人たちは、不幸なこの落人の骸(死体)を丁寧に葬り、
まつってやったといいます。この落人が、その時隠れたところがしょうが畑だったといいます。
それからというもの、この気の毒な落人の霊を慰めいるため、
しょうがをつくらないことをこの人たちは誓い合ったといいます。
理由もなく落人の隠れ場所を知らせた畑の持ち主の家では、
代々しょうがを作らないということです。