民話 天狗
昔の話です。神田の山奥に寺沢という地名がありますが、その地名のとおり、立派なお寺があったそうです。
その近くに、一人の炭焼きが住んでいました。里に買い出しに行くには、往きかえり半日は、かかりました。
里には冬中でも、ほとんど雪が降るということは、ありませんでしたが、
ここの寺沢の地は、何回もふりました。その当時、天城山には、たくさんのしし(猪)鹿がおりました。
寺沢も天城山に近いので、ししやシカが多くおりました。
ある日、炭焼きは、傘の形をした大きな岩(かさいわという)のあるところへ、鹿射ちに行きました。
すると、すす竹の中を一頭の鹿が、下っていくのを見ました。
そのとき、ちょうど下から、鉢巻をした猟師が登ってきました。
炭焼きは、「今、そちらへ鹿が行くぞ!」と大声をかけました。
そして炭焼きは、その様子をじっと、伺っていました。しかし、猟師は、鹿を射つ様子ももありません。
鹿と猟師が、交わる辺りに来たとき、突然、風が起こり、枯葉が舞い上がったかと思うと、
大きな羽根を持った化け物が、鹿を翼で抱えて、消えてしまったのです。
炭焼きは、びっくりして、腰をぬかしてしまいました。
その後、炭焼きは里の人たちに、多分、天狗でも見たのではないだろうか、と話したということです。